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023 「昔はよかった」を言わない努力-- 「今が一番楽しい」と思う生き方

  • 執筆者の写真: 空苑
    空苑
  • 4 日前
  • 読了時間: 4分

更新日:2 日前



「昔はよかったなあ」最近、そう口にすることが多くなっていませんか。


日々不穏なニュースが流れ、物価は上がり、先行きは見えにくい。そうした世相を見ていると、「確かに今より昔のほうが良かった」と思いたくもなりますね。


戦後に生まれ、高度成長期を駆け抜け、バブルも経験した私たちは、比較的穏やかな時代を生きてこられた世代なのかもしれません。


しかし私は最近、同年代が集まると飛び交う、「昔はよかった」という言葉に、少し引っかかるようになってきました。


楽しげに光る音符に向かって歩くシニア男性
generated by Midjourney


  「昔はよかった」の正体 ― 回顧バイアスとは 


「回顧バイアス」という言葉があります。


過去を実際以上に良く記憶してしまう心の働きのことで「過去美化バイアス」とも言われるようです。 懐かしい思い出は色あせず、苦労や不便さは、うまく記憶の奥にしまい込まれてしまう、という意味合いでしょうか。


しかし、よく考えてみると、「昔はよかった」という言葉の本当の意味は、時代そのものが良かったというより、心も体も元気だった自分が、一番輝いていた時代を美化している、ということではないでしょうか。


そう考えると、少し腑に落ちました。


もちろん、昔のほうが良かったものもあります。

一方で、今のほうが格段に便利で、優しくなったことも数え切れません。


「昔はよかった」は、分母が大きすぎる言葉じゃないかな、と思います。


昔にも良い部分と悪い部分があり、今にも同じように両面がある。

ただそれだけの話なのかもしれません。



  昭和歌謡    


年末になると、紅白歌合戦や音楽番組で「一年を振り返る」特集が増えます。


そのたびに聞こえてくるのが


「昔の歌は良かった」

「今の音楽は心に残らない」

「知らない歌手ばかりだ」


という声です。


でも、思い出してみてください。

子どもの頃、家族で一台のテレビを囲みながら紅白を見ていたとき、私たちが夢中で聴いていた最新のヒット曲に対して、親や祖父母も同じようなことを言っていませんでしたか。


そして、いつしかそれらは「昭和歌謡」という、懐メロのジャンルにひとまとめにされ、私たちはと言えば、あの頃の年寄りと全く同じことをぼやいています。


やがて、今日この瞬間も、「昔」と呼ばれる日が来ることでしょう。


そう思うと、過去ばかり振り返って嘆くより、時代の波にプカプカと身を任せてみるのも、案外楽なのではないかと思えてきます。



  普遍と変化の見極め    


音楽の話を少し。


「カノン進行」というコード進行をご存じでしょうか。

コードとは和音のことですが、17世紀に生まれたこの手法はその後、古今東西、数え切れないほどのヒット曲を産みだしてきました。


カノンという名前は知らなくても、カノン進行を使った曲を一度も聴いたことがない人はいないのではないでしょうか。




しかし、これは音楽が300年以上進歩していない、という話ではありません。


人の五感を心地よく揺らす音には、時代を超えた普遍的な法則があり、その上に、時代ごとのテクノロジー(楽器、音響、技術、手法など)や世相、感性という装飾が乗っている、と考えるとどうでしょう。

我々は普遍という大きな台の上で、それぞれの年代のお気に入りの装飾物を美化しながら、ポジショントークを繰返しているだけなのではないか?


大切なのは、何が普遍で、何がその時代なりの装飾なのかを見極めること。

普遍の本質をブラさずに見極めることができれば、時代の流れに戸惑ったり、食わず嫌いになることもなく、自分にとって必要なもの、不要なものの取捨選択もできることでしょう。



  世代の違いは、永遠のテーマ    



「新人類」「ゆとり世代」「Z世代」

マスコミは、いつの時代も世代に名前をつけ、ひとまとめに語りたがります。


しかし、私たちが戸惑いをもって「新人類」などと呼んでいた、私たちより少しだけ下の世代の、かつての新入社員たちも、今では立派なおじさん、おばさんです。


そして今、その彼らが、さらに下の世代に対して「理解できない」という戸惑いを感じている。 いや、そういう私たちだって、当時の先輩や上司からは宇宙人のように思われていたはずです。


たぶんこれは、人類が誕生してからずっと繰り返されてきた風景なのでしょう。


後進に対して、自分の経験を語ること自体は、悪いことではありません。

ただ、「昔はこうだったから、今もそうあるべきだ」と言ってしまうと、それは言われる側の重荷になりがちです。


今の君は昨日の私、今の私は明日の君。


こうして世代は綿々と続いていく。

言う側も言われる側も、そう考えると世代間の断絶も、少しは減るのではないでしょうか。



  今が一番楽しい、と言えるために    



「昔はよかった」と思う気持ちは、自然なものです。

でも、その言葉の先には、右肩下がりの未来しかないような気もします。


過去を大切にしながら、今を楽しむ。 変化を恐れず、柔軟に自分をアップデートする。 そう——「今が一番楽しいんだ」。


自分にそんな暗示をかけながら、今日も時代の波に、のんびりと身を任せて生きたいと思っています。




頑張らない、諦めない ハイエイジハイライフ!


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